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オランダ紀行③
これまで2回に渡ってご報告してきたオランダ紀行、今回が最終回です。


【5日目:アムステルダム】

最終日のこの日は、まずは2009年にオープンしたロシア・エルミタージュ美術館の分館、アムステルダム別館へ。常設の展示品はほとんどなく、本館からの貸し出しという形での特別企画展がメインになっています。この時開催されていた企画展は、「ロシア正教の美術」をテーマとしたもので、独自のイコン美術の発展と西方教会からの影響、ロシア革命下におけるロシア正教会への弾圧とソ連崩壊後の復興の歴史など、なかなか興味深い内容でした。日本との関係で言うと、お茶の水のニコライ聖堂や函館のハリストス正教会が思い出されますが、そんな日本ハリストス正教会との関係を示すような、日本語が書き込まれた絵画なども展示されていました。

そもそも、なぜオランダにエルミタージュ美術館が?という疑問も沸きますが、実はオランダ王室とロシア王室は縁戚関係にあったそうで、そのような長い国交関係が基となって分館開館の運びとなったようです。(という説明が常設展の方にありました。)展示を一通り見た後、雰囲気の良い美術館内のカフェでランチをして、美術館を後にしました。

ちなみにこの美術館は、元は養老院として使われていたそうで、昨日ハーレムで見た養護院と同じく、「口の字型」の造りになっています。こうした施設では、住人同士のコミュニケーションを促進するため、どの部屋も中庭に面していて、お互いアクセスしやすくなっているようです。

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夕方のフライトまでの短い時間を縫って、最後に「ハイネケン・エクスペリエンス」を訪れました。この旅まで知らなかったのですが、ハイネケンはオランダ産だったんですね…。ここは製造過程などを見ることができる体験型のアミューズメントパークで、最後にはビールの試飲もできます。(それが目当てでか、客層が他の美術館などとは違って、入る前から若干酔ってるような賑やかな人達が中心でした。。)それにしても、こういうところに行くと何となくハイネケンファンの気分になってしまうし、うまい宣伝方法だな、とちょっと感心。

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オランダは、想像以上に素敵な国でした。(英国とは違って?)時間に正確だし(中にはそれが裏目となって出るケースもありましたが…)、サービスはより行き届いているし、ホスピタリティーに溢れた人にたくさん出会いました。オランダ美術も素晴らしいので、一年中楽しめると思いますが、旅行にはやはり花のきれいなシーズンが一番おすすめです。

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オランダ紀行②
オランダ紀行①の続きです。


【3日目:ハーグ→ライデン→キューケンホフ→アムステルダム】

午前中は、ハーグのマウリッツハウス王立美術館を見学。大きな美術館ではありませんが、フェルメールの有名な『真珠の耳飾りの少女』がここにあります。フェルメールが故郷デルフトを描いた『デルフトの眺望』も、前日に訪れたデルフトの町が思い出されて印象的でした。お昼前後には入口に行列ができるほどの人気ぶりだったので、訪れるのであれば朝イチや夕方がいいかもしれません。

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「北のモナリザ」とも称される、『真珠の耳飾りの少女』


お昼過ぎには、2連泊したハーグを発ち、ライデンに移動。ここに来るまで知らなかったのですが、実はこの街は日本と浅からぬ関係がありました。オランダ最古の大学・ライデン大学は、江戸時代の蘭学で有名な医師シーボルトの出身校で、彼が日本から追放されて帰国した際に持ち出した植物標本を使って、大学内の植物園に日本庭園が設けられているそうです。また、「出島通り」や「ニッポン通り」という名前の通りもあるらしく、意外な日本とのつながりに嬉しくなりました。さらにライデンは、オランダ美術の大家・レンブラントの生地でもあり、生家の近くにはモニュメントもありました。

伝統的なパンケーキのお店でランチ。一枚を二人で分けてちょうどいいくらいのビッグサイズです。

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ライデンからバスで20分くらいで、チューリップで有名なキューケンホフ公園にたどり着きます。ここはお花のシーズンのみの限定開園で、チューリップの見頃には若干早いくらいの時期でしたが、チューリップをはじめとして色とりどりの花が咲き乱れる光景は、まさにオランダのイメージそのものでした。

公園は、様々な品種を保存・公開する植物園のような印象で、公園内も良かったですが、公園の外に広がる一面のチューリップ畑が本当に素晴らしかったです。レンタサイクルショップで自転車を借り、どこまでも続くチューリップ畑の中を風を切って走らせる時間は忘れがたいものとなりました。

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公園の中の色とりどりのお花たち

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公園の外のチューリップ畑


ライデンに再びバスで戻り、いよいよ首都アムステルダム入り。到着したのはもう夜だったので、ライツェ広場にある「デ・ブラウェ・オランダ」という伝統的な家庭料理のお店で夜ご飯をいただいて、この日は終了でした。


【4日目:アムステルダム→ハーレム→アムステルダム】

朝一番で「アンネの家」へ。アンネ・フランクが第二次世界大戦中にナチスの目を逃れて隠れ住んでいた家で、昔読んだ『アンネの日記』に出てきた、書架の後ろの隠し扉や屋根裏部屋が、そのまま目の前にありました。光の入らない狭い家で、物音を立てないように息を潜めて暮らした2年間の中で、物を書くというのは彼女にとってどれほどの慰めになったことか。強制収容所から生還した父オットーは、娘の遺した日記を出版することによって、当時のナチスによるユダヤ人迫害の実態を広めるとともに、今も世界のあちこちで続いている不当な人権侵害や差別に対して訴えていきたいという思いを持っていたそうです。ドイツ人は、この小さな隠れ家を訪れて、どんな気持ちになるのでしょうか。

お昼頃には、近郊の街ハーレムに出かけました。ニューヨークのハーレムは、この街出身のオランダ移民によって名付けられたそうですが、そんな危険な雰囲気は全くなく(笑)、平和で穏やかな小さな街でした。

この街も例のごとく、教会や市庁舎が取り囲むマルクト広場一帯がシティセンターです。広場のカフェで、コロッケランチをいただきました。オランダのコロッケ(kroket)は、日本のコロッケの由来とも言われているそうで、衣が固かったり具があん味が強かったりと若干の違いはあるものの、懐しい日本のコロッケの味が嬉しくて、滞在中は実は毎日のようにコロッケを食べていました。何とコロッケの自動販売機(!)まであるくらい、オランダではコロッケは日常食のようです。

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街を散策していると、東洋人が珍しかったのか、通りすがりのおじさんが突然近隣の観光案内をしてくれて、「ここはユーロ導入前はオランダ通貨(ギルダー)の造幣局だった」とか「ここは古くから続く、貧しい女性のための住宅(養護院?)だよ」とか、言われなければ見落としそうなスポットを説明してくれてラッキーでした。

ハーレムを後にし、アムステルダムに戻ってからまず向かったのが、アムステルダム国立博物館。2012年末まで長期に渡り改装中とのことで、一部の主要な所蔵作品が限定的に展示されていました。フェルメールもやっぱり良かったし、世界三大名画と言われている(らしい。初めて知りました)レンブラント作『夜警』もここにあります。

カルファー通りにあるフードコート「ラ・パーシャ」で軽く夜ご飯を食べた後、アムステルダムの「裏の顔」が潜む"飾り窓地区(Red Light District)"へ。売春が合法のオランダならではの風俗街です。まだ明るい時間帯だったためか、通行人は冷やかしの観光客が多く、そんなに危険な雰囲気ではありませんでした。それでも、あちこちのお店で売春婦達が窓際に立って道行く男性にアピールしている姿は、かなり衝撃的。この地区には、オランダではこれまた合法の大麻を販売している「コーヒーショップ」も多々あります。(もちろん、お店の中には入っていません!)

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「コーヒーショップ」の看板


さらに、この日は22時までの延長開館の日だったので、ヴィンセント・ファン・ゴッホ美術館も駆け足で見て回りました。ゴッホの絵はこれまでもあちこちで見たことはありますが、ゴッホの画家人生を追って、時代ごとに作品を見ていくと、彼の希望や葛藤や精神不安が作品のうちに見て取れて、絵に込められた思いを感じることができました。ゴッホの色遣い、とても心惹かれました。

この日は盛り沢山の一日でした。このうち、アンネの家とゴッホ美術館は基本的に激混みなので、オンライン予約するか(アンネの家)、朝イチや閉館時間近くなど、行列が少なそうな時間を狙って行くと良いと思います。

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オランダ紀行①
イースター休暇中に、チューリップの花が咲き乱れるオランダを旅してきました。花の時期に合わせて訪れたいと思っていたのですが、チューリップの花畑、風車、運河とオランダらしい風景を満喫できて大満足。数回に分けて、オランダ紀行をお送りします。


【オランダについて】

国土全体が低地帯で、見渡す限り山も丘もなく、だだっ広い平地が広がっているのが印象的でした。そのせいか自転車大国で、ほとんどの道で自動車専用レーンが整備されており、「ここは中国か!?」と見まごうばかりの大量の自転車に圧倒され、轢かれそうになることもしばしば。自転車は車道をバスの間を縫うように走らなければならない英国とは大違いでした。また、おそらく海抜が低いために、地下鉄はほとんどなく、アムステルダムのような大都市でも市内の公共交通機関はトラムとバスが中心でした。

国土の面積は九州程度と比較的小さく、さらに主な観光都市はアムステルダムの付近に密集しているため、観光地の間の移動に時間はほとんどかからず、移動は非常に楽でした。空港とアムステルダムの間や、主な都市間は、大体30分前後で着いてしまいます。電車は予約不要で、本数も頻繁にありました。

あと、公用語はオランダ語ですが、英語が通じる率は、フランスはもちろんのことドイツと比べても格段に高かったです。小学生くらいの少年まで流暢に喋っていました。オランダに住むとしても、英語だけで十分生活していけそうな印象でした。オランダ語に触れたのは初めてですが、印象としては、英語とドイツ語と若干フランス語をちゃんぽんしたような言語です。例えば、「ありがとう」は「Dank u」(英語の「Thank you」とドイツ語の「Danke」のミックスにしか見えない…)といった具合です。


【1日目:ユトレヒト→ハーグ】

午前10時過ぎにスキポール空港に到着し、直接ユトレヒトへ。ここの一番の目的は、ミッフィーでおなじみのディック・ブルーナ・ハウス。ミッフィー好きとしては、オランダの旅の目的の一つと言ってもいいくらい、外せない場所です。
どうやらオランダではミッフィー(現地では、"Nijntje"(ナインチェ=子ウサギ)と呼ばれています)は主に子ども向けらしく、ブルーナハウスも子どもの遊び場をイメージしたような造りでしたが、たくさんのミッフィー関係の展示物にすっかり癒されました。ユトレヒトの街中には、ミッフィーの信号機や、ミッフィー像まであります。

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ブルーナハウスの中

合成ミッフィー
ミッフィーの信号機と、ミッフィーの像です!


こんな運河の光景も、まさにオランダならではという感じです。

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ドム教会、ドムタワーなどのユトレヒトの観光スポットを散策し、夜には宿泊地のハーグに移動しました。
ちなみに、「ハーグ」はオランダ語表記では「Den Haag」、英語表記では「The Hague」です。なぜここだけ地名に「The」が付いているのかという素朴な疑問。
ハーグは国際司法裁判所(ICJ)があることで知られていますが、それ以外にも、国会議事堂や各省庁、さらに王宮までもが、首都アムステルダムではなく、ハーグに所在しているということを初めて知りました。人口はアムステルダムが一番多いですが、首都は政治・行政の中心地に置かれるのが一般的だと思うのですが…。そしてそんな重要な都市であるにもかかわらず、昼にも夜にも市街地が人で賑わっているのを滞在中に見たことがなく、不思議と人通りの少ない街でした。

到着したのが遅かったので、ビネンホフ(国会議事堂や各省庁の建物が集まったエリア)や、ICJのある平和宮を外から見学して、夜ご飯は「Jimbaran」というインドネシア料理のお店に行きました。
旧オランダ領の歴史を持つ関係で、オランダにはインドネシア料理店が多く、また街で見かけるアジア人はインドネシア系が中心です。アムステルダム以外では、ロンドンではおなじみの東アジア系(中国人など)をあまり見かけず、ましてや日本人は美術館など観光スポット以外ではほとんど見かけなかったので、そういう意味では旅行中は若干気が張りました。

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ビネンホフ

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こんなお城のような建物が、国会議事堂です。

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ICJの建物、平和宮



【2日目:ハーグ→ロッテルダム→キンデルダイク→デルフト→ハーグ】

午前中は、ロッテルダム経由で、風車群が立ち並ぶ世界遺産の村・キンデルダイクに向かいました。ロッテルダムは、オランダ第2の都市で、第二次世界大戦中に爆撃を受けて街が壊滅状態となるも、戦後に目覚ましい復興を遂げ、今では巨大なビルが林立する近代都市になっていました。小さな運河やレンガ造りの古い家が並ぶ他の都市とはかなり違った雰囲気です。ロッテルダムの人々の勤勉ぶりは、「ここでシャツを買うと、あらかじめ腕まくりされている」という逸話が生まれるほどだとか。

ロッテルダム駅からトラムで数駅移動し、そこからクルーズ船に乗ってキンデルダイクへ。さすがに19基もの風車が並ぶ田園地帯だけあって、遠かったです…。でもそれだけ時間をかけて行く価値は十分にありました。

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この地域は、特に海抜が低く、長年水害に悩まされてきたことから、水を汲み上げ排水するために風車が活用されてきたそうです。オランダには地震や台風はないけれど、また別の自然との闘いがあったんだなと印象的でした。風車の中にも入ることができましたが、内部は住居になっており、寝室や台所まであってびっくりしました。間近で風車が回る姿を見ると、かなり迫力だったし、音もそれなりに大きいので、とても落ち着いて眠れなさそうなのですが…。

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風車の村・キンデルダイクを昼過ぎに出発し、今度はバスでロッテルダムに戻りました。さらに電車に乗って、連泊しているハーグの隣の町・デルフトへ。画家フェルメールの故郷であるとともに、美しいブルーのデルフト焼でも知られています。「デ・デルフテ・ポウ」という工房では、無料で生産過程の見学ができました。

デルフトの街は、マルクト広場を中心に、新教会、旧教会、市庁舎などの見所が集まっており、こうした街の造りはドイツやベルギーとも共通していて懐しくなりました。ガイドブックに載っていた、マルクト広場の近くの「デ・ディアマンテン・リング」というベーカリーのパンもチェック。フェルメールが描いた故郷の雰囲気をそのまま残した、小さなかわいらしい街でした。

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ドイツ紀行④
【7日目:フランクフルト】

フライトの乗り継ぎなどで何となく馴染みのあるフランクフルトでしたが、欧州中央銀行やドイツ連邦銀行などが所在するドイツの金融、商業の中心地とのことで、これまで回ってきたかわいらしい街々に比べると、都会の様相を醸し出しています。
グリム童話のような素敵な街並みや、大都会のベルリンに比べると、魅力を感じるポイントも少なく、半日見て回ってお腹いっぱいな感じになってしまいました…。

ガイドブックに「メインストリート」と紹介されていたカイザー通りを通って中心部へ向かいましたが、午前中なのに、まずこの通りに全然人がいない。お店も何だか多国籍であまり雰囲気はよろしくなく…。街の中心のレーマー広場は唐突にちょっとかわいらしい中世風の雰囲気でした。広場に面して建つ、切妻屋根が美しい旧市庁舎の二階には、神聖ローマ帝国の皇帝戴冠式後の祝宴が行われた「カイザール」という広間があります。

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神聖ローマ皇帝の選挙や戴冠式が行われた大聖堂、ドイツ統一を目指して開かれた第一回フランクフルト国民会議の会場となったパウルス教会、ゲーテが洗礼を受けたカタリーナ教会などを見て回り、ゲーテの生家である「ゲーテハウス」を訪れました。

ゲーテは生涯の大半をワイマールで過ごしたそうですが、出身はここフランクフルトです。ゲーテの母方の祖父は市長、父親も資産家とのことで、当時のフランクフルトでゲーテ一家は屈指の名家だったようです。もちろん宮殿のような豪華さはないものの、立派なこだわりの調度品の数々に、当時のブルジョワ階級の暮らしぶりを見て取ることができました。

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ランチにはフランクフルトソーセージとザワークラウト(キャベツの酢漬け)をいただき、さらにドイツ三大銀行の一つCommerz Bankのビルにある「プラザ」という社員食堂風のカフェでお茶をしているうちに、空港に向かう時間になりました。美術館も良さそうだったのですが、閉館日で見れずに残念。そういえば、街中でロンドンのジャパンセンターならぬ「ジャパンストア」を見かけました!やはり金融の中心だけあって、日本人駐在員なども多いのかもしれません。

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旅行中は、「ちょっとした雪で空港が機能不全に陥るイギリスとは違って、ドイツの交通網は安定している」だの「ドイツのサービスは素晴らしい」だの散々言っていましたが、極寒のドイツ(大体気温は零下)を抜け出し、英語の通じる英国に戻ってきて、やはりちょっとほっとしたのでした。

ドイツでは意外と英語が通じなくて(フランス並みに)苦労しました。大学で出会うドイツ人はみんなネイティブ並に流暢で、スパニッシュ訛り、イタリアン訛りや英国人のクセのある英語と比べると余程聞き取りやすいので、ドイツの英語教育はどれほど優れているのかと感心していましたが、英語のできる層・できない層がハッキリと分かれているようです。

ドイツの歴史に触れ、クリスマスマーケットを堪能し、各地の食・アルコール(地ビールにフランケンワインにりんご酒に)を楽しみ、充実した旅行でした。途中でハードな旅がたたったのか、風邪がぶり返して体調を崩してしまったのが悔やまれますが。
休暇も残り一週間ほど。かなりリフレッシュできて良かったです。予定からかなり遅れているエッセイの課題にそろそろ戻らないと。。

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ドイツ紀行③
【5日目:ハイデルベルク】

午前中にニュルンベルクからハイデルベルクに移動。ドイツ最古のハイデルベルク大学のある、大学と古城の街です。

ドイツ人の友人のホームタウンが近いことから、里帰り中のところを観光案内してもらいました。観光のメインとなるのは、丘の上にそびえ立つハイデルベルク城。城自体は昔の戦争や火事の影響でほとんど廃墟のような姿ですが、ここから見下ろすネッカー川とハイデルベルクの街並みは息を飲むほど素晴らしかったです。

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城の地下にある、世界最大級というワインの大樽も圧巻でした。当時は水が不衛生で、コーヒーや紅茶もなく、ワインが一番安心して飲めるドリンクだったとのこと。そんな水代わりにワインを飲んでてちゃんと統治はできるのでしょうか…?

カール・テオドール橋からの夕暮れ時のネッカー川の眺めも情緒がありました。ハイデルベルクは軍事産業がないため、第二次大戦時の爆撃はほとんどなかったものの、この橋は当時かかっていた唯一の橋だったため破壊され、戦後再建されたとのこと。

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大学の学生牢(!)はクリスマスシーズンのため見物できずに残念。かつて大学は治外法権だったため、騒ぎを起こした学生を処罰するために大学当局がこの牢を作ったそうです。

ハイデルベルクの観光スポットは小さなエリアに集中しているため、数時間でぶらりと歩いて見て回ることができました。多くの詩人や芸術家が訪れたというのが頷けるような、本当に素敵な街でした。


【6日目:Neckargemünd】

昨日観光案内をしてくれた友人のホームタウンで、ハイデルベルクから電車で10分ほどの、古城街道に位置する小さな街です。通常の観光ルートに入るような場所ではないと思いますが、観光客が来ないのがもったいないほどの素晴らしい眺めでした。丘の上からは、4つの古城(実際に人が住んでいるところもあるそうです)が立ち並んでいる様子を見ることができます。木の種類が違うのか、ドイツの雪景色は英国よりも3割増でlovelyに見え、まるで絵本の世界にまぎれ込んだようでした。

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お昼は友人宅で、お母様手作りのドイツ家庭料理をいただきました。フランクフルトソーセージのスライス入りのポテトスープ、マリネした梨入りの青菜のサラダ、ビネガーの効いたポテトサラダ、ビールと野菜のソースで煮込んだポークステーキ、手作りクッキーとたくさんご馳走になり、大満足。一緒に旅をしていた友人が日本からのおみやげとして折り紙を持ってきていて、鶴の折り方をレクチャーしたりと日本の文化もしっかり紹介しました。

友人宅は、私の背よりも高い天然のクリスマスツリー(毎年、ツリーもオーナメントも取り替えるそうです)に、お母様の手作りのクリスマスの飾りの数々が家中にかわいらしくデコレーションされており、ドイツの一般のご家庭の雰囲気を知ることができて良かったです。

夕方にはハイデルベルクに別れを告げ、最後の観光地となるフランクフルトに向かいました。

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プロフィール

nomuhisa

Author:nomuhisa
2010年8月より2年間、職場からの派遣により、英国に留学。2010年度は、LSEで社会政策(MSc in Social Policy and Planning)の修士課程を専攻。2011年度は、Bristol大学で公共政策(MSc in Public Policy)の修士課程を専攻。
英国の耳寄り情報があればぜひお願いします!

*主要な過去記事一覧は、「アーカイブ」からご覧いただけます。

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